大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(う)455号 判決

本籍

京都市右京区西京極芝ノ下町三七番地

住居

京都市西京区桂上豆田町五〇番地の三

不動産業手伝い

辻井哲男

昭和八年二月二二日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六一年三月七日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申し立てがあったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 永瀬榮一 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本淳夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官永瀬榮一作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決の罰金刑の量刑不当を主張するものである。

所論に対する判断に先だち、まず職権をもって調査すると、原判決は、被告人を「懲役一年及び罰金一〇〇〇万円」の刑に処し、右懲役刑の執行を本裁判確定の日から三年間猶予するとともに、「右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。」旨のいわゆる換刑処分を併せて言渡していることが、原判決書自体に照らして明らかである。しかして、原判決が言渡した右換刑処分の換算率によれば、右換刑処分の期間は一〇〇〇日となり、刑法一八条一項の定める換刑処分の上限(二年)を超えることが計算上明らかであって、原判決は、刑法の右規定に違反する換刑処分を言渡したものといわなければならず

(なお、刑法一八条三項にいう「罰金ヲ併科シタル場合」とは、確定判決の介在による併合罪関係のしゃ断等の理由に基づき罰金刑自体を併科する場合をいうのであって、本件のように、罰金刑を懲役刑とする場合は、これにあたらない。東京高等裁判所昭和五五年一二月二四日判決・判例タイムス四三七号一六五頁(編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる)参照。)右法令の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかなものであるから、原判決は、まずこの点で破棄を免れない。

よって、論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に則り、当審において直ちに、次のとお自判する。

当裁判所が認定する「罪となるべき事実」、揚げる「証拠の標目」は、原判決摘示のそれと同一であり、示すべき「法令の適用」は、原判決の「法令の適用」欄の「併合罪の処理」中、「刑法四五条、四七条」とあるのを「刑法四五条、四七条本文」と訂正するほかは、これと同一であるから、以上のとおり一部訂正のうえ、いずれもこれらを引用する。

(量刑の理由)

本件は、全日本同和会京都府・市連合会事務局長長谷部純夫らにおいて架空の債務を計上した納税申告をするなどの方法で脱税をしていることを認識していた被告人が、納税者を長谷部らに紹介して紹介料名下に金員を取得しようと考え、前後三回にわたり、相続人数名を同人らに紹介し、右長谷部及び相続人らのほかに、右連合会会長鈴木元動丸、同会事務局次長渡守秀治らとも順次意思あい通じ共謀のうえ、いずれも、被相続人が有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から債務を負担しており相続人らがこれを承継したと仮装するなどして、所轄税務署に対しその旨の虚偽の相続税申告書を提出し、合計一億七〇〇〇万円を超える巨額の相続税を免れさせるとともに、自らも、紹介料として、二四〇〇万円を超える高額の金員を取得したという時案出会って、右のような犯行の手口・態様、逋脱額、利得額等自体に照らし、被告人の刑責には重大なものがあるといわなければならない。たしかに、証拠によれば、全日本同和会に対する国税当局の従前の対応状況は著しく妥当を欠き、同和会本部の行う本件と同様の租税申告が、事実上無審査で窓口を通過していたと認められ、このような当局の態度が、被告人をして本件犯行に走らせる一因となったものであるから、右の点は、被告人に対する量刑上ある程度考慮に容れなければならないけれども、被告人は、同和会を通じて租税申告をすれば、何故に正規の税額よりはるかに少ない税金ですむのかについて具体的な理由を知っていたわけではなく、もとより右申告が適法なものであると信じていたものでもない(被告人は、原審公判廷において、長谷部の話を聞いても半信半疑で、本件当時には、脱税していることはわかっていた旨供述している。)。従って、右の点は、そのこと自体より被告人の刑責を決定的に左右する事情であるとは認められないが、右のほか、被告人が原判決言渡し後に行った被相続人らに対する示談金の支払い状況などをも考慮すると、被告人に対する罰金額は、主文掲記の程度に止めるのが相当と認められる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 木谷明 裁判官 生田暉雄)

○控訴趣意書

所得税法違反控訴被告事件

控訴人 辻井哲男

右控訴人の前記刑事被告人事件に関する控訴の趣旨は左のとおりである。

昭和六一年六月一一日

弁護人 弁護士 山本淳夫

大阪高等裁判所第二刑事部御中

原審の判決はその罰金刑につき量刑不当である。

一、控訴人は原審において未必の故意の限度で認めたが確定的故意がなく本件は限りなく無罪に近い事件である。

〔理由一〕昭和五五年一二月、鈴木、長谷部、渡守は大阪国税局同和対策室長と会談し、昭和四三年の解放同盟と大阪国税局(高木)との確認事項を巡って話し合い、

1.窓口一本化

2.解放同盟と同じ取扱いをする事

3.青色、白色申告を問わず全日本同和会の申告を尊重する事

の三点を確認し、京都の筆頭税務署である上京税務署副署長と同年一二月二〇日会い全日本同和会の申告については総務課長扱いとするその話し合いがなされたこと

〔理由二〕全日本同和会は個別事件について担当職員と事前に相談をし知恵を授けられ大体架空領収書又は架空債務負担行為によって辻棲合わせができることを教えられて有限会社同和産業、株式会社ワールドとの架空債務作出の受皿会社の設立によって起訴状記載の如き方法で右京税務署だけで一〇〇件以上の税の申告をなした。

このことは彼等が前記確認事項及び昭和四四年七月一六日制定の同和対策事業特別措置法の精神をより実効化せんが為にその行政的裁量によって認められていると信じ同一類型の所得申告がなされてきたことを物語っている。かかる経過から見て控訴人が前述の如く適法な税務処理を全日本同和会本部がしていると信じていたのは無理からぬことといえる。税務当局は税の徴収につき強力な調査権限と徴収権限が国より与えられているわけで、本件の如き税務対策を五年間も放置していたということは控訴人を含む一般人にとってかような優遇処置が現存すると信じても無理からぬことであって税務当局が、かかる行為を放置していたというよりも許容していたといわれても仕方のないことである。

〔理由三〕全日本同和会自体が適法な申告であると考えていたのであるからその部外者である控訴人には脱税の故意が無かったと言っても過言ではない。

控訴人は弁第四号証「大阪国税局長と解放同盟との昭和四三年一月三〇日以後確認事項」、弁第五号証「大阪国税局長と解放同盟近畿ブロックとの昭和四四年一月二三日以後確認事項」、弁第六号証「大阪国税局長と解放同盟中央本部と京都府連との昭和五九年二月一四日以後確認事項」、弁第七号証「官総昭和四五年二月一〇日付国税庁長官通達」が何等かの機関誌に掲載されているのを控訴人が読んでいるわけであるが普通人ならば当然それを信じるわけで、それが真実であるか否かを更に関係官庁に問合わせ等して調査する筈がなく、解放同盟が税の優遇処置を受けているという世評と併せて控訴人に前述の如き違法の意識、脱税の意識が希薄化したとしても責められるものではない。

〔理由四〕控訴人は昭和五三年従前より知合いであった今井正義と再会し交際が再び始まり、昭和五四年今井が全日本同和会長岡京支部長に就任し、「土地の許可申請につき便宜をはかれる」ということで控訴人自身不動産業(つじせ興産)を営んでいたので通常なら一区劃の土地に一軒しか建てられない面積の土地に二軒の建物が今井(全日本同和会)の力により建築課の建築許可がおりることを体験するに及んで全日本同和会の力を信ずるようになったところ昭和五五年長谷部純夫(全日本同和会局長)から「これから同和の方も税金の申請をする(税務対策の意)。税金の紹介をしてくれたら一割の謝礼を出す。」「同和会と国税税務署の間でちゃんと話し合いが出来ている。」とのことでかかわりあいを持つようになった。昭和五七年今井氏が除名になり控訴人が直接に納税者と同和会の本部との橋渡しをすることになったものである。然し控訴人は納税額の二分の一を同和会のいうままに本部に納めることによって節税が合法的にできるのだと信じて疑わなかったものである。

(検甲第一九号証)

二 被告人は以下のとおり親戚・妻の協力により納税者に対して納税に協力すべく精一杯の努力をし既に和解が成立しその支払いを了している。

1. 林康司・昌男に対し昭和六一年四月三〇日金九〇〇萬円也を支払うこと(代理人塚本誠一弁護士)、昭和六一年四月二八日支払済

2. 高橋義治に対し金二〇〇萬円也を同年三月一五日限り支払うこと(代理人山本俊夫弁護士)、昭和六一年三月七日支払済

3. 中村利秋・艶子に対し金三〇〇萬円也を同年三月一五日限り支払うこと(代理人田中実弁護士)、昭和六一年三月七日支払済

を約し前記三名の代理人弁護士と控訴人の弁護士山本淳夫との間の信頼関係において示談が成立し嘆願書迄いただいた。

検察官の求刑書記載の控訴人が前記林等から受領した金員の約二四四三萬円也のうち一四〇〇萬円の支払を約したものである。(弁済率五七パーセント)

三 本件は強力な国家権力を付与されている国税当局が解放同盟・全日本同和会に対し毅然とした態度をとり天地に恥ずることのない法の運用と行政指導をやっていれば未然にその発生を防止しえた事件であって単に被告人等を責めるだけでは片手落ちの事件といえる点を御配慮の上罰金刑につき寛大な御判決をいただきたい。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例